アラスカに暮らす

100式司令部偵察機 〜アラスカに暮らす(29)〜

2011年08月08日

アラスカに暮らす(29)

■旅が紡ぐ不思議 実感

 「あの機体は私がいた部隊の隊長機だったのです」。70代とおぼしき日本人老紳士の語る話に耳を傾けていた私は驚いた。「本当ですか!? そんな方にお会いできるとは」

 1997年の夏、30歳の私は初めてアラスカを訪れ、ベツルスという人口30人ほどの北極圏の小さな村に滞在していた。旅行でその村を訪ねてきた老紳士と偶然出会い、その数年前、英国コスフォード空軍基地内の博物館で見た「100式司令部偵察機」の話題になったのだ。

 当時、出版社に勤めていた私は、漫画家松本零士さんの原作のアニメーション化にあたり、ロケハンのため、自費でその博物館を訪ね、航空機の写真を撮っていた。

 そこには、主に欧州戦線で活躍した各国の歴史的な航空機が多数収蔵されていた。その中に、第二次大戦中に日本が生んだ最も美しい機体とうたわれ、現存する世界で唯一の同機が復元展示されていた。ほかに類を見ない流線形の美しい機体には、軍からの性能要求を満たすためとはいえ、航空機設計に寄せる技術者たちの情熱が結晶していた。

 「私たち戦友会でも所在は知っていたのですが、なにぶんみんな高齢で…。誠に恐縮ですが、ネガフィルムを貸していただけませんか」。英国まで見にいったことがない老紳士はそう願い出た。

 私は、ネガフィルムをお貸しすることを快諾。帰国後に送ると、ほどなくして丁寧な返事を頂戴した。封筒には1枚の小さな白黒写真も同封されていた。手紙には「隊長機の当時の写真です」と書かれてあった。

 「戦争をしていましたが、あの時代は私たちの青春時代でした」−。北極圏で出会った老紳士のつぶやきはそのとき、深く鼓膜に刻まれた。私たちがごく普通に言葉にする「青春」、小説や歌、映画やドラマに描かれる「青春」とは決定的に何かが違う気がした。

 はるか異国の地で翼を休める古い機体が縁で語られた遠い記憶。旅が紡ぐ不思議を夕暮れの北極圏でかみしめた。そよ吹く風は、これから迎える厳冬の季節の気配を確かにはらみながら、草木に染みこんだ夏の匂いを優しく拭い去っていくようだった。

世界にただ1機のみ残る100式司令部偵察機=英国コスフォード空軍基地で世界にただ1機のみ残る100式司令部偵察機=英国コスフォード空軍基地で

プロフィール

河内牧栄(かわうち・まきえい):ネーチャーガイド兼写真家

1966年、岐阜県各務原市生まれ。日本大芸術学部卒業後、大手出版社に勤務。退社後、30代で一人旅をしたアラスカの大自然に魅せられ、2003年に移住した。ネーチャーガイド兼写真家。アラスカ州フェアバンクスに妻(48)と長男(7)の3人暮らし。

ホームページ:「ネイチャーイメージ」

※「アラスカに暮らす」は中日新聞朝刊に毎週月曜日に連載されています。

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