アラスカに暮らす

北極圏のツンドラに春が来る 〜アラスカに暮らす(18)〜

2011年05月09日

アラスカに暮らす(18)

■カリブーの群れに遭遇

 北極圏のツンドラ。遮るものはなく、ただ、なだらかな丘陵が波のように続き、はるかかなたで空と溶け合う。

 5月初旬、被写体を求めてアラスカ州のブルックス山脈北域のノーススロープに出掛けると雪の色に隠れてたたずむライチョウを見つけた。まだ真っ白な冬毛をまとっていて派手な付けまつげのような、目の上の赤い肉冠が鮮やかだ。ゴェーカッカッカッ。近づくと警戒の声を発して飛んでいく。

 日当たりの良い緩やかな南斜面では、シオガマの仲間が咲き始めていた。高さは10センチ足らず。ふさふさの温かそうな綿毛に包まれ、幾つもの赤紫色の花をつけている。

 日差しのまぶしさに目を閉じた。こんなにもぜいたくに陽光を浴びるのは何カ月ぶりだろう。背骨が鳴るくらい伸びをして、深呼吸を1つ。足元からなにやら踊るような気配を感じ、その場に膝をついた。かがんで耳を雪に近づけてみると、鼓膜が不思議な音をつかまえた。

 ぷつっ、ぷつぷつっ。耳を澄ますと、ひそひそ話のようにあちらこちらから聞こえてくる。聴覚が柔らかく心地よい音に満たされていく。きらっ。1滴のしずくが雪面をはうと、ぷつっ、とささやき、雪に染み込んだ。それは、太陽に照らされた雪が解けて水になる音だったのだ。

 日が北の空に大きく傾くころ、いつの間にか、どこからかやって来たカリブーの群れと出合った。雪の間から顔をのぞかせる草やコケをはみ、吐く息を凍らせながら黙々と北に向かって歩む。夏の間、カリブーは北極海沿岸で子育てをするという。内陸で大量発生する蚊を避けるためだともいわれている。

 目を凝らすと見える遠くの黒い点の集まりは、20頭ほどのジャコウウシだ。夕日が雪景色に金と紫の陰影を与えていた。夜の気温は、いまだ氷点下にもかかわらず、生き物たちばかりか、冬の主役の雪までもが、短くもまぶしい夏の予感であふれていた。

 長かった冬を振り返ると、思わず頬が緩んでしまうこの季節は格別だ。あと2週間もすれば、たくさんの渡り鳥たちもここにやってくるだろう。5月の北極圏に、眠ることを知らない季節がすぐそこまで迫っていた。

まだ雪に覆われた早春のツンドラを北に向かって進むカリブーの群れ=米国アラスカ州、北極圏のノーススロープでまだ雪に覆われた早春のツンドラを北に向かって進むカリブーの群れ=米国アラスカ州、北極圏のノーススロープで

プロフィール

河内牧栄(かわうち・まきえい):ネーチャーガイド兼写真家

1966年、岐阜県各務原市生まれ。日本大芸術学部卒業後、大手出版社に勤務。退社後、30代で一人旅をしたアラスカの大自然に魅せられ、2003年に移住した。ネーチャーガイド兼写真家。アラスカ州フェアバンクスに妻(48)と長男(7)の3人暮らし。

ホームページ:「ネイチャーイメージ」

※「アラスカに暮らす」は中日新聞朝刊に毎週月曜日に連載されています。

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