アラスカに暮らす

北極圏の原野で自給自足を営む友 〜アラスカに暮らす(16)〜

2011年04月25日

アラスカに暮らす(16)

■常に死と背中合わせ

 北極圏のブルックス山脈の山奥に独りで暮らす友がいる。トッド・アームストロング、49歳。

 カリフォルニア生まれの彼は高校卒業の翌日、アラスカ内陸のユーコン川沿いの建設現場にやってきた。やがて会社を経営し、成功に導くと、30代で引退。かねての夢であった荒野での自給自足の暮らしを始めた。

 僕たちが出会ったのは4年前のこと。冬のある日、トッドと猟に出た。獲物を見つけると、彼はうつぶせになってライフルの狙いを定めた。ターン! 次の瞬間、乾いた銃声が白銀の谷にこだまし、1頭のカリブーが膝を折り、雪に沈んだ。

 「さあ」と、斧(おの)とナイフを渡された。解体してみろというのだ。夕暮れが迫り、谷の気温は急激に下がっていた。カリブーの血で凍りつきそうな指先を、抜き出したばかりの内臓に突っ込んで温める。その手つきをトッドが傍らで見守っていた。

 独り暮らしの印象とは裏腹に、根は人懐っこい。彼が酔ってこんなことをこぼしたことがあった。「俺にもしものことがあったら、この土地を受け取ってくれないか」。唐突な話の真意を受けとめかね、首を縦に振ることはできなかった。

 だが、彼の伝えたいことはおよそ想像がついた。独り原野で営む暮らしでは、不測の事態は常に背中合わせ。あのカリブーのように、突然その時がきてもなんら不思議はないのだ。

 「人生、捨てたもんじゃないな」。時々、トッドがつぶやくその言葉が胸に響いてくるのは、そのことを強く意識する彼がまさに、今この瞬間を生きているからなのだろう。

 「ラスト・フロンティア」と呼ばれる大地で、開拓精神そのままに、信じるべきおのれの知恵と肉体を頼りに生きる友。僕が電気も水道もない土地での暮らしに踏み出せたのは、それを実践する彼の姿があったからだ。

 カリブーを解体した晩、僕たちは、塩、こしょうで味付けしたカリブーのステーキを食べ、ジャーキーを作った。トッドは4カ月ぶりのビールで喉を潤し、話に花を咲かせたのだった。

ツンドラの谷でライフルの狙いを定める友人のトッド・アームストロング=米国アラスカ州のブルックス山脈でツンドラの谷でライフルの狙いを定める友人のトッド・アームストロング=米国アラスカ州のブルックス山脈で

プロフィール

河内牧栄(かわうち・まきえい):ネーチャーガイド兼写真家

1966年、岐阜県各務原市生まれ。日本大芸術学部卒業後、大手出版社に勤務。退社後、30代で一人旅をしたアラスカの大自然に魅せられ、2003年に移住した。ネーチャーガイド兼写真家。アラスカ州フェアバンクスに妻(48)と長男(7)の3人暮らし。

ホームページ:「ネイチャーイメージ」

※「アラスカに暮らす」は中日新聞朝刊に毎週月曜日に連載されています。

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