アラスカに暮らす

春のクジラ猟(下) 〜アラスカに暮らす(15)〜

2011年04月18日

アラスカに暮らす(15)

■解体後、分け合う伝統

 それにしても大きい。北極クジラがこんなにも大きいとは驚いた。氷の上に横たわった黒い巨体はまるでタンカーのよう。先週、10トンと報告したクジラの体重は、再度、確認したところ、実は50トンだと分かった。

 クジラの一部が切り取られ、ひたひたと波が寄せる水際に置かれた。獲物の一部を海に返すことで感謝をささげ、またクジラがやってきてくれることを祈るのだという。アイヌ民族の熊送りにも似た精神性だろうか。

 ハンターたちはクジラに登り、なぎなたのような長柄包丁をクジラの表皮に突き立てた。まず背に沿って真っすぐに刃を滑らせ、次にそこから垂直に下ろす。これと平行して約30センチ幅で再び垂直の切り込みを入れる。

 そしてできた細長い切り身の最上部に金属製のフックを刺し、フックから延びるロープを氷上の男たちが引いてできた隙間から、切り身をはぎ取るように刃を入れる。すると、3センチほどの厚さの黒い表皮と、30センチほどの真っ白な脂肪が現れる。この部分はマクタックと呼ばれ、彼らの大好物だ。

 さらにロープを引くと、切り込みに沿ってマクタックがはがれてくる。一片の長さは約2メートルを超え、重さは100キロ以上あるだろう。マクタックの下からは、私たちの世代では竜田揚げで懐かしい赤身の肉が現れた。

 若い者はその身を血に染めながらクジラに登って肉を運ぶ。年寄りは手順を指図し、脂肪の絡み付いた刃を鉄やすりで研ぐ。女性はコーヒーを入れ、一口サイズに切ったマクタックを湯に投じ、ウナリックと呼ばれるゆで肉を作る。皆がそれをおやつ代わりに頬張りながら作業は続く。

 氷上は大勢の人で活気に満ちていた。年齢、性別に応じ、各人に役割が与えられているさまは、クジラ猟がコミュニティーの固い結束の上に成り立っていることを強く物語っていた。

 「君はどこから来た」「日本です」「そうか、ご苦労。君も分け前をもらうがいい」。作業に参加した者全員に糧が均等に分配される。それは猟の成功を分かち合う彼らの伝統でもあるのだ。

マクタックと呼ばれる皮下脂肪をさばくイヌピアック・エスキモーの女性=米国アラスカ州バロー近海、北極海の海氷上で(河内真樹子撮影)マクタックと呼ばれる皮下脂肪をさばくイヌピアック・エスキモーの女性=米国アラスカ州バロー近海、北極海の海氷上で(河内真樹子撮影)

プロフィール

河内牧栄(かわうち・まきえい):ネーチャーガイド兼写真家

1966年、岐阜県各務原市生まれ。日本大芸術学部卒業後、大手出版社に勤務。退社後、30代で一人旅をしたアラスカの大自然に魅せられ、2003年に移住した。ネーチャーガイド兼写真家。アラスカ州フェアバンクスに妻(48)と長男(7)の3人暮らし。

ホームページ:「ネイチャーイメージ」

※「アラスカに暮らす」は中日新聞朝刊に毎週月曜日に連載されています。

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