アラスカに暮らす

誇り高きエスキモーの子孫 〜アラスカに暮らす(6)〜

2011年02月07日

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■先祖の話、生き生きと

その男は自ら放った冗談に「どははははっ」と笑い、歯が何本も残っていない歯茎でクジラや鳥のもも肉にかぶりついては、およそ酒と名の付くものは何でも口に流し込んだ。そうしてほろ酔いになるとギターを抱き、哀愁を帯びた声で古いブルースやフォークソングを歌うのだった。
 僕たち家族は、そんな彼が遊びに来るのをいつも楽しみにしていた。男の名前はウォルター・ニューマン。エスキモーの血を引く先住民である。 

(写真)ギターの弾き語りで歌声を響かせるウォルターさん=2005年9月、米国アラスカ州のユーコン川河畔で

 彼と会ったのは、僕がアラスカに住んで2年目、6年前のことだった。「おまえにハンティングを教えてやる」と誘われ、彼とその友人と僕の三人でヘラジカのハンティングに行ったのはそれから間もなくのことだ。

 ヘラジカは、内陸に住む先住民にとって、今でもサケと並ぶごちそうである。僕たちは、アラスカ中央部を蛇行しながら東西に流れるユーコン川をボートでさかのぼり、びょうびょうと耳の中で鳴る向かい風に凍えながら獲物を探し続けた。

 夕方になると、既に霜に覆われた岸辺でたき火を囲み、冷え切った体を温めた。高齢だったウォルターにとって、このような猟は決して楽ではなかったろう。結局、予定していた一週間の旅程中、ライフルがとどろくことは一度もなかった。

 いよいよ獲物を諦めて帰路に就く舟の上で、彼がいつになく疲れた声で「チャンスはまたあるさ」とつぶやいた。そこには、狩猟民族としての敗北感がにじんでいるようにも感じられた。

 ウォルターの父と祖父は、新田次郎の小説「アラスカ物語」にも語られている日本人、フランク安田らとともに、北極海に面した最北の村だったバローからユーコン川沿いに移住し、20世紀初頭、当時としても珍しくエスキモーとインディアンが共存するビーバー村を作った世代だ。

 先祖がたどった長い旅の話をするときは、まるで自分もそこにいたかのように生き生きと、誇らしげに話してくれたものだ。そんなウォルターが77歳で突然、この世を去った。昨年の10月末のことだった。
 

プロフィール

河内牧栄(かわうち・まきえい):ネーチャーガイド兼写真家

1966年、岐阜県各務原市生まれ。日本大芸術学部卒業後、大手出版社に勤務。退社後、30代で一人旅をしたアラスカの大自然に魅せられ、2003年に移住した。ネーチャーガイド兼写真家。アラスカ州フェアバンクスに妻(48)と長男(7)の3人暮らし。

ホームページ:「ネイチャーイメージ」

※「アラスカに暮らす」は中日新聞朝刊に毎週月曜日に連載されています。

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