アラスカに暮らす

オーロラの降る森で 〜アラスカに暮らす(1)〜

2011年01月03日

アラスカに暮らす(1)

 ■マイナス50℃の世界

 「今夜はマイナス50度になるでしょう」−。午後8時ごろ、ストーブの効きが悪いと思っていたら、ラジオがこう告げた。薪を取りにデッキへのドアを開けると、屋内の暖気が白い煙のようになって流れ出た。
 外に出ると、鼻毛がパキパキと音を立てるように凍りつく。薪小屋の背後、鉛筆の先のようにとがった黒い木立の上では、淡い緑色のオーロラが揺らめきながら、かすかに明滅を始めたところだった。

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自宅の真上に現れた、空から降るようなオーロラ=米国アラスカ州フェアバンクス郊外で

 わが家の周りは、針葉樹であるトウヒとシラカバで形成された見渡す限りの原生林。この季節、森の中では、ヘラジカやオオカミ、オオヤマネコや、カンジキウサギが雪の上を動き回り、冬眠したブラウンベアとブラックベアは雪の扉の奥で春を待っている。

■北極圏に憧れ一家で移住

 私と妻、7歳の息子の3人は、その森の一角を“間借り”して暮らしている。米国アラスカ州内陸部の中心都市、フェアバンクスの中心部から北に約45キロ離れたところだ。

 そこで、丸太で造られた家「ログキャビン」をこつこつと仕上げながら、「ネイチャーイメージ」という小さな会社を経営している。極北アラスカのさまざまなシーンを写真に収める一方で、顧客を主に北極圏に案内するガイド業を営む。私自身、北極圏が大好きだ。今までに、エスキモーの伝統的なクジラ漁や、獣皮を張った猟舟の製作にも参加。野生のホッキョクグマやジャコウウシの撮影にも繰り返し出かけている。

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北極海沿岸にやってくるホッキョクグマ。捕鯨による肉の残りを目当てに村の近くに現れることも=アラスカ州の北極海沿岸で

 アラスカに暮らしながら、いつも思うのは季節の変化の激しさだ。冬至前後の今、日照時間はほんの4時間程度で寒さも並ではない。

 「ほら、あそこ」。ある時、家内が指さしたシラカバのこずえでチチッと鳴いたのは、手のひらで包めそうなほどの小鳥。氷点下40度の中でどうやって生きているのか、本当に不思議に思える。反対に、深夜まで陽光に恵まれる夏には、気温が30度前後まで上がることもあり、野花に彩られた森には、さまざまな昆虫も集まってくる。

 そんな森に囲まれたわが家だが、実は電気、水道がきていない。二年前の夏、あえてこの場所に移ったのは、水くみや薪作りなどの手間や不便さと引き換えに、街の暮らしでは得られない何か、ここでの暮らしだからこそ見えてくるアラスカの魅力がきっとあるに違いないと思ったからだった。

 「パパ、夏になったら虫をたくさんつかまえて、標本いっぱい作るんだ!」。昆虫図鑑を開く息子の横で、私は窓の外に先ほどのオーロラを探していた。

 これから一年間、アラスカでの暮らしや北極圏の旅を通して体験したこと、感じたことをつづります。どうぞ最後までお付き合いください。

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≪アラスカ≫米国最大の州。面積151万平方キロメートルで日本の4倍超。人口約69万人。州都ジュノー。石油や金などの地下資源、木材、水産資源が豊富。気候は北部が北極圏内にあるなど厳しい。グリズリーやカリブー、ザトウクジラが生息し、北米最高峰のマッキンリー(標高6,194メートル)がそびえる自然の宝庫。エスキモーやアリュートなど先住民の子孫は人口の約16%を占め、伝統的な生活様式を残す。従来、エスキモーは「イヌイット」と言い換えているが、この連載では、現地での呼称に従い、エスキモーと表記する。

プロフィール

河内牧栄(かわうち・まきえい):ネーチャーガイド兼写真家

1966年、岐阜県各務原市生まれ。日本大芸術学部卒業後、大手出版社に勤務。退社後、30代で一人旅をしたアラスカの大自然に魅せられ、2003年に移住した。ネーチャーガイド兼写真家。アラスカ州フェアバンクスに妻(48)と長男(7)の3人暮らし。

ホームページ:「ネイチャーイメージ」

※「アラスカに暮らす」は中日新聞朝刊に毎週月曜日に連載されています。

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